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第78号 2013年12月発行
「今年一年本当にありがとうございました!」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。

いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

師も走るほど大忙しの12月!いよいよ今年もあと残りわずかとなりました。
やはりといいましょうか、さすがといいましょうか、
12月に入ると、「うぅ~寒ぅ~い!」ですね。 今年の夏は記録的な酷暑で、
10月になっても暑さが残る日が続いておりましたので、
もしかしたら、そんなはずはありえませんが、夏が異常なだけあって・・・・
冬は来ないのかも・・・? そんなありえないおかしな事をふと考えたりもしましたが、
やはり、そんな事はありませんね、当たり前のようにしっかりと冬がやって来ました。

黒潮町のどくだみ畑にも冷たい風が吹き抜け、いよいよ冬の到来です。
畑を見渡すと、どくだみ達も私達のように、冬支度を始めたようです。

どんな冬支度かといいますと、土の上には、どくだみは顔を出してはいません。
少し掘ってみると・・・ いました!いました! いました! どくだみの根が!
酷暑、猛暑を乗り切り、しっかりと土の中に凛としたどくだみの根がいました。
これからこの寒い冬に、しっかりと力を蓄え、
春にはゆさゆさとその葉を大きく揺らす事でしょう。

そんな冬支度のどくだみ達をみていると、
厳しい冬があるから、豊かな恵みの春がある。過酷な夏があるから、実りの秋がある。
何か自然の摂理といいましょうか?
自然の原理といいましょうか?
自然の流れといいましょうか?

自分を振り返ってみて、とかく結果をすぐに求めたりします。
何にでも冬はあるんだ、冬が厳しければ厳しい程、豊かな春が必ず訪れるはず、
結果を急がず、慌てず、焦らず、騒がず、心に余裕を持って、
何にでも接していければいいなぁと、
どくだみ畑は心に大きく感じる何かを教えてくれるような気がしました。

さて、来年の話を今からすると。青鬼赤鬼に大笑いされるかもしれませんが。
2014年1月になりますと、私ども食援隊は、お蔭様で8歳を迎えます。
妻と二人で小さな事務所を借りて立ち上げた会社も
それなりの事務所に移転し、工場や畑を所有し、社員も増え、
携わって頂いている農家さんも増えました。

会社を立ち上げた当初は、まさに極寒の真冬で、
本当にどうしようか?と肝を冷やす思いがしましたが、
多くの方々のお力を頂き、今があるように思います。

発売開始の際は、特に妻や子供達に励まされ、大きな力を頂きました。
学校帰りの通学路、道端で摘んできた「どくだみ」を
花束にしてうれしそうに持ち帰ってきてくれた長女
初詣で「どくだみがうれますように」と手を合わせてくれた長男
本当にお客様に買って頂けるかどうか分からない十黒梅(じゅっこくばい)の
初回製造分の大量の山を見て、「私達が一生飲む分はあるわね!」と笑ってくれた妻
本当に大きな心の支えとなりました。

そして、何よりも今があるのは、
十黒梅(じゅっこくばい)を永くご愛飲頂いていらっしゃる皆様のお蔭でございます。
心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます。

ご愛飲の皆様から、
「祖母もびっくりしていて、あの十黒梅はすごいネと言っていました。」
「おかげ様で私も元気になり、主人も元気で過しております。」
「十黒梅は神です」「この十黒梅で生き返りました。」
「魔法のお酒があればもう大丈夫、そんな安心できる気持ちを頂きました。」
「もうひとつ良い事は、水泳の距離が、これ迄の倍以上に伸びた事です。」
「真摯な対応が本当に嬉しく思います。」
「私にとって、十黒梅は生涯手離せなくなりました。」等々
嬉しいお声をたくさんたくさん頂き、私どもが作った十黒梅(じゅっこくばい)が、
皆様のお役に立てる事ができるこの幸せは、この上ありません。
心より熱く熱く厚く感謝申し上げます。

皆様から頂く嬉しいメッセージは、毎朝の朝礼にて社員全員で拝読させて頂いております。
その時間は、一日の中でも一番の幸せな時間で、とても楽しみにしております。

今回の手作り新聞では、私どもの一日のスタートの「朝礼」を少しご紹介させて頂きます。
創業当初から、私どもの朝は、まず一番に掃除から始まります。
掃除をする事で身の回りをキレイにし、心をキレイにし、
気持ちのいい環境で仕事に取り組めるようにしています。
もちろん、トイレも毎朝しっかり掃除をして気持ちのいい毎日を過ごせるようにしています。

その後、全員で「朝礼」に入り、その日一日の打ち合せをしてから、
「クレド」と呼んでいる私どもの信条ともいうべきものを全員で確認しております。
「クレド」というのは、ラテン語で「信条」「志」「約束」等を意味する言葉で、
いわゆる企業理念ともいうべきモノを、より具体的に全員で理解しやすくしたものと、
私は考えております。

創業する際、自分達の会社を、こんな会社にしたい!という強い思いで、
妻と二人で何日もかけて練り上げて15項目を作成し、
創業当初より、毎朝欠かさず、この「クレド」を一項目ずつ全員で確認しております。
その15項目ある「クレド」の中から、
私どもが一番大切にしている1項目目をご紹介させて頂きます。

私達は、「人を良くする食を通じ毎日のイキイキ生活を応援します」を
合言葉に「お客様にお役立てする事」を使命とします。
かかわる全ての人が商品の良さをしっかりと理解し、
商品説明やアフターフォローなど、誠実・真心の精神で
プロフェッショナルとしてお客様に感動して頂けるよう全力で努力します。

書いている事は当たり前の事かもしれませんが、このクレドを徹底する事で、
どくだみの栽培・搾り加工・酒造等、製造に関わる者は、お客様の事をしっかりと考え、
製品作りに誠実・真心の精神で取り組む事ができます。
販売を担当する者は、しっかりと商品の事を学び、正しくお伝えし、
誠実・真心の精神でお客様に接する事ができます。

この当たり前の事を当たり前にやる「凡事徹底」をこの8年間、
毎朝欠かさず徹底して参りました。

今年一年を振り返ってみますと、同じ食を天職とする者の偽装事件に耳を疑いました。
私どもは、最初に自分たちの「クレド」を決め、
それを大切に毎日全員で共有してきた事が、 本当に良かったと感じております。

これからも信念をもって、取り組んでいきたいと思っています。
2014年も、皆様のお役に立てますよう、社員全員で精一杯頑張って参ります。
今後とも何卒、どうぞよろしくお願いいたします。

今年一年、本当にありがとうございました。重ねまして心より感謝申し上げます。
皆様にとりまして、2014年が良き年でありますよう、心よりお祈り申し上げます。

それでは、失礼します。

細川 泰伸

第77号 2013年11月発行
「道(三河湾チャリティー100km歩け歩け大会の思い出)後編」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。

いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

月が替わり、【食援隊オリジナル卓上カレンダー】をめくってみると・・・、
あと2枚っ!そうです!2013年も残すところ、あと11月12月となりました。
月日の経つのは本当に早いですね。

こちら高知は、例年でしたら10月になると
「先発の夏」は「リリーフの秋」にマウンドを譲っておりましたが、
今年の夏は驚く程ののスタミナぶり、
10月になってもまだまだ行ける様相を見せておりました。

しかし、さすが11月になると、やっと交代のサインが出たようで、
しぶしぶ「リリーフの秋」にバトンタッチ、やっとマウンドを譲る気になったようです。
これから「抑えの冬」に向かって短いイニングを
しっかり「リリーフの秋」が繋いでくれる事でしょう。
(長男が少年野球をやっているもので、季節を野球に重ねてみました。)

さて、手作り新聞は本題に入り、前月号の続きにバトンタッチ!
マウンドを譲らせて頂きます。

前月号では、私が数年前に100kmウォークに参加したときに記した
「道(三河湾チャリティー100km歩け歩け大会の想い出)前編」を
お伝えさせて頂きました。

スタートから12時間を過ぎ、60kmを過ぎたところ、足の痛みをこらえながら、
なんだか意識まで遠のいていきそうな状態で、真っ暗な夜に1歩1歩、足を進めます。

■道■     後編

足の痛みはしょうがない、これだけ歩いたのだから当たり前
雨・・・ちょうどいいシャワー、涙も隠してくれる
悪条件・・・これでゴールしたら、絶対カッコイイ

一つ一つのマイナスの発想がブラスの発想に切り替わっていきました。

そして、家族、社員を幸せにするにはどうしたらいいのだろう
そんな事を考えていくと、頭の中が急にワクワクしてきて
その顔が、私の足をまた一歩また一歩、前に進ませてくれます。

しばらく、みんなの顔を想像して、ワクワクしながら、歩いていましたら
みんなの向こうに、いっぱいいっぱい、いろんな人の嬉しい笑顔が見えてきました。

それは・・・きっとまだお会いしたことのない、インターネットで当店の大切なお客様
さっきまで、私の心の中にあった

自分がどうしてこの世に生まれてきたのだろう?
自分は何のために生まれてきたのだろう?
どうして、この仕事をしているんだろう?

その問いに対し答えがハッキリと出ました。

それは、たくさんの皆様に
嬉しい笑顔になっていただく事、お役に立つ事

そうです、皆様のお役に立って、皆様にいっぱいいっぱいの笑顔になって頂き
それで自分も家族も社員もいっぱいいっぱいの笑顔になる

たくさんの笑顔を作る事が、自分の存在意義だと
体に雷が走ったように感じました。

と同時に、この100kmを断念したら、子供は悲しい顔をするだろうな
妻もきっと同じだろうな、社員も、きっと悲しむだろうな

今回、一番の繁忙期に仕事を全部任せて
一人だけ、やりたい事をしている自分・・・

きっとみんな悲しむだろう、そんな思いがしてきました。

そして、家族や社員の笑顔を作れない男が
どうしてお客様の笑顔を作れるだろうか、そんな風に考えた時

必ず、完歩してみせる!そんな勇気がフツフツと沸いてきました。

そしてしばらく歩いた0時10分、70キロ地点のチェックポイントのコンビニに到着!
そこには、もう一人高知から一緒に参加した、Uさんの笑顔がありました。

Uさんは、今年から私ども高知でのネットショップの勉強会に参加された方で
非常にガッツのある方です。
今回も、何人か一緒に参加しようとお声がけした時に、一番に手を上げてくれました。
しかも、今回は実費での参加、本当に頭が下がる方です。

スタートの時から一度も会ってなかったので
心配していまして、元気な笑顔が見れて本当に良かったです。

今まで通ってきた道のりやいろんな事について二人で談笑し、
せっかく70キロまで来たからあと30キロ!と誓い合いUさんはそこを出発します。

私は、その日は食事らしい食事をしてなかったので
ちょうど、ここで腹ごしらえと思い、コンビニの中を徘徊し
お弁当やおにぎりを手にしましたが、結局、買ったのは「おでん」

そうです、50キロ地点の手前で、Y先輩と別れる前に一緒に食べた
「おでん」をもう一度食べたく、その時と同じメニューを・・・
汁を多めに貰い「おでん」にむさぼりつきます。今までの事を汁と一緒に飲み干します。
冷えきっていた体が芯から温まってきました。

一息ついた私に、ボランティアの方がそっとよってきて
「足、揉みましょうか?」の一言、そして、私のふくらはぎを何も言わずに
じっくり、じっくりとマッサージを始めてくれました。

私は、あまりの嬉しさに「ありがとう」「ありがとう」と何度もいいます。
ボランティアの方は「去年、私がして頂いたから」
この一言だけで、ひたすらマッサージを続けてくれます。

涙がボロボロになって、ボロボロになって・・・

ボランティアの方:「絶対、100km完歩してくださいね」
こんなにしていただいて、もし断念したら・・・

もう私には途中で断念する事の方が、勇気がいる事に気づきました。
70キロ地点に涙で別れを告げ、また一歩また一歩足を前に進ませます。

マッサージのお陰で、痛んでいたふくらはぎも快調さを取り戻し
もしかしたら、100km完歩できるのかも
それに、70キロまでせっかく歩いたのだから・・・

それから、みんなの笑顔をゴールの向こうに思うと、
急に足取りが軽く、一気に81キロ地点を目指します。
激しい雨、暗闇、寒さ、そんなものは全く気になりません。

76キロのチェックポイントで私より先にいたUさんに追いつき
今度は逆にその地点を追い抜くように、私が先に出発します。
「カニ汁」目指して、足をまた一歩また一歩・・・

それから約1時間後、午前4時、到着した81キロ地点
そこには、多くの笑顔が待っててくれました。

そして、ボランティアの方が用意してくれた「うどん」を口に入れた瞬間、
わけも分らず、また涙がボロボロ出てきました。

雨が降りしきる中、しかもこんな早朝から、何の得にもならないボランティアです。
無償で提供してくださった「うどん」の味
今まで食べたうどんの中で、正直一番美味しかったです。

五臓六腑にその美味しさがしみわたりました。

そして、待望の「カニ汁」。。。。。。。。。もう涙は止まりませんでした。
その時、1つの事に気づきました。

それは
「美味しい」「美味しくない」は自分の心が決めているんだ

「あいだみつお」さんの言葉で、私の大好きな言葉があります。

「幸せは、いつも自分の心が決めるんだなぁ~(みつお)」

まさにその通りで、もし、こんな状況ではなく
普通の日に、普通に、この「うどん」や「カニ汁」が出てきたら
こうは美味しく思わないだろう、

自分は、美味しい美味しくないをどんな基準で判断していたんだろう
いつも、「ありがたい」と思って食べていたんだろうか?

自分を反省すると同時に、特に食品を扱う者として、
日頃から、ありがたく食べ物に対する気持ちを持たないといけない
そう心に誓いました。

そして、そこでも入念に足を揉んでもらい
次へのそして完歩への勇気を頂きます。

「勇気」と「感謝」と「気づき」を頂いた81キロ地点
意気揚々と「行ってきます!」と大きな声を出し
「いってらっしゃい」の拍手に包まれ、そこを出発しました。
あと19キロ、残り5分の1たった、20キロ!

それに足も大丈夫!何とかなる!
えっ!もしかしたら完歩?

しかし、そう快調と思われた足に困難が待っていました

それは、長い下り坂!

上りは、膝に負担はありませんが、下りは、体重がそのまま膝に圧し掛かってきます。
90kg近い巨体の体重に、膝が悲鳴をあげはじめました。

やはり、日頃の不摂生がこんなところにたたってきました。
それから、心配していた「股ズレ」!これも悪化です。

歩く度に、膝と、股の痛みが、私の希望を打ちのめしていきます。
あまりの激痛にその場に座り込み
本気でやめようか、どうしようか・・・考え込んでいました。

そこへ、後ろからUさんが追いついてきまして
「大丈夫ですか?」心配がって声を掛けてくれましたが

もうここまで来たら、マイペースで歩いていかないと、お互いが完歩できません。
私もUさんも当然、そのことは分かっています。
ゴールで会おうと固い約束をしてその場で別れを告げます。
Uさんにしてみたら、今回は会社に認めてもらえず、それでも!と実費で参加した今大会
もし、私が同じ立場だったらどうだっただろう?

きっと、「会社がOKしてくれないんですよ」とか言って、
またまた逃げていたに違いありません。
Uさんの後姿を見ると、次の一歩を踏み出す勇気に大きな火がつきました。

右手に持った杖を頼りに、一歩、一歩、足を踏み出します。
その時、ハッと気づきました。そうです、右手に持った「杖」!

その「杖」は、Y先輩にお願いして作って頂いた手作りの特注の「竹の杖」!
竹の根っこのところが、ちょうどいいグリップになっいて持ちやすく
それに竹ですから、中は空洞、とっても軽くしっかりしてます。

コツン、コツン、と地面を叩く杖の音

その音を聞いていると、50キロの手前で別れを告げたY先輩が
「頑張れ!頑張れ!」と言っているように聞こえてきて、
大粒の涙が一気に溢れてきました。

そう、私は一人じゃない!

痛いとか、辛いとか、気に入らないとか、そんな不平をいっている場合じゃない

「歩こう」

そこからの道のりは、痛い足を引きずるように一歩一歩・・・

まだ見ぬゴールの向こうで待っている娘・息子・妻・父・母、社員の笑顔
そして、お客様皆様の笑顔、皆さんのチカラが、足を前に運んでくれました。

90キロのチェックポイントが目の前になると、その地点からボランティアの皆様が

「がんばれぇ~」と大きな声で叫んでくれました。

今まで、何度も耳にした言葉

「がんばれぇ~」

でも、こんなに心に響いたのは初めてのことです。
こんなに重みのある言葉だと、初めて気づきました。

その「がんばれぇ~」の声を頂く度に、もう出し切ったはずの涙がまた溢れてきました。

90キロ地点で、ボランティアの方に入念なマッサージをして頂き
100キロのゴールを約束した私は、痛い足を引きずりながら、
ゴールに向かって一歩踏み出します。
時計の針は、午前9時歩き初めて26時間が経過したところでした。

最後の10キロは、自分のチカラは1%もありませんでした。
足を一歩一歩、前に運んでくれるのは
娘・息子・妻、そして父、母それから社員の笑顔、まだ見ぬお客様の嬉しい笑顔

Y先輩に作っていただいた杖、一緒にゴールを目指しているUさんの存在
皆様のチカラが、また一歩足を踏み出してくれました。

そしていよいよラスト数百メートルのところでは、
昨年、完歩され、今年はサポートに回っていた知り合いの方々が出てきてくれて
大きな拍手と「頑張れぇ~」の声援を・・・

もうそこからは涙で前が見えません
泣きながらゴールに一歩一歩

最後のカーブを曲がり、やっとゴールが見えた瞬間
何とも言い表しようのない気持ちに包まれました。

そして一歩一歩近づくゴールにはたくさんに人が、私のために拍手をして頂いてます。
そして、よく目を凝らしてみるとY先輩をはじめ
多くの仲間のみんなの笑顔がそこにありました。

最後、ゴールのテープを切った瞬間は
思わず、泣き崩れるようにうずくまってしまいました。

10月31日午前11時30分

歩き始めて、28時間と30分
私の挑戦は、涙と感謝に包まれ、無事に幕を閉じました。

たった歩くだけのこと、ただそれだけ・・・
しかし、この100kmの「道」を歩く事だけで

●いろんな皆様にお世話になっている感謝の気持ちを忘れない事
●どんな事も自分の心が決めている事
●私のやるべき事は、多くの笑顔を作ること
この3つを学びました。

今回のイベントの主催者様、サポートしていただいたボランティアの皆様
このイベントを私に勧めていただいた皆様、社員のみんな、家族のみんな
そして、ずっと当店を温かく応援して頂いてますお客様皆様
皆様のお陰で、完歩できました。本当に有難うございました。
今回の100kmの「道」は、皆様のお陰で完歩できました。

しかし私には
これからが本当の「道」が待っていると思います。

そして、今やっとその「道」の
スタートラインに立てたと思います。

今回の経験を糧に
感謝の気持ちを忘れず「道」を一歩一歩進んで参ります。
これからもどうぞよろしくお願いします。

- 完 -

それから今回、あと2枚となりました2013年度版【食援隊オリジナル卓上カレンダー】の
2014年度版を十黒梅(じゅっこくばい)をご愛飲の皆様に
感謝の気持ちを込めて、プレゼントさせて頂きます。
同封させて頂きましたので、是非是非ご活用下さいませ。

特に、定期お届けサービスをご利用のお客様は、
まず、ご自身の十黒梅の到着予定日に、
赤ペンで大きく「お届け日」と丸印をお願いします。

そして、その日から手前に数えて10日前の日を、
青ペンで大きく「変更〆切」と丸印をお願いします。
お届けの10日前までしたら、お届け内容のご変更が可能でございます。

青印の日までに、「今回は、ちょっとお届け日を延期したい」「本数を増やしたい」など、
予定通りではない場合は、カレンダーに明記しております
電話番号0120-149-560(通話料無料フリーダイヤル)にお電話頂くか、
同じく明記しております弊社ホームページアドレスhttp://shokuentai.com/
へアクセスしてご変更下さいませ。

尚、お届けを早めたい場合は、ご連絡頂きましてから10日後が
一番早いお届けになりますので、どうかご了承くださいませ。

【食援隊オリジナル卓上カレンダー】は、使いやすいスタンド式で、
前月も翌月も一目瞭然、12ヶ月分のめくりタイプです。
皆様の大切なご予定を、ドンドンご記入頂き、机の上や食卓の上、電話台の横等、
さりげないちょっとしたところで、きっと大活躍して頂けると思います。
是非、十黒梅(じゅっこくばい)共々、お役立て頂ければ幸いです。

それでは、失礼します。

細川 泰伸

第76号 2013年10月発行
「道(三河湾チャリティー100km歩け歩け大会の思い出)前編」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

こちら高知は9月末より、日中は、まだまだ残暑厳しく暑い毎日が続いておりますが、
朝夕はめっきりと涼しさを覚え、秋の気配を感じるようになりました。
今年はフル回転・トップギアで大奮闘したエアコン機器も、
ようやく束の間の休憩タイムがきたようです。

運動不足解消にと、不定期的に通っている近くの県営プールは、
夏の冷水から冬の温水へと水替えが完了し、
秋そして冬への準備は万端のようです。

これから徐々に秋が深まり、季節は移り変わっていく事でしょう。
部屋の温度調整や服装の選び方が難しい季節です。
体調管理には十分にお気をつけくださいませ。

そして、10月になるとどうしても忘れられない思い出があります。
それは数年前、愛知県のある会社様の主催イベント
「三河湾チャリティー100km歩け歩け大会」に参加した時の事です。

今回は、その時にまとめたものご紹介させて頂きます。

■ 道 ■ (前編)

ゴーゴーと雨が降りしきる中、一人ぽつんと歩く私、
あたりは真っ暗で、時折横を通りすぎる車にドロをはねられ
今にもそこから逃げ出しそうな心境に駆り立てれました。

ふと腕時計をみると、22:05

ちょうどその時、私のポケットの中の携帯電話に着信のサインが・・・

電話を取ると、向こうには私を気遣って心配で電話をくれた妻の声、
2~3分、足の痛みや、雨の状況などを話し、電話を切ろうと思った時
電話の向こうで、3歳の娘が出てきて一言

娘:「ぱぱぁ~、がんばってよぉ~」

目の前が涙という洪水で溢れて・・・
失いそうになっていた自分をしっかり取り戻しました。

10月30日、AM7:00にスタートした
第9回、三河湾チャリティー100km歩け歩け大会
この大会は、その名の通り「チャリティー」で参加費は、福祉施設に寄付されます。

そして、今年は新潟中越地震の被災地にも、
一部寄付されることが決まり、参加者から拍手が沸き起こりました。

もともとは、社員教育の一環ではじまったそうなのですが、
回を重ねるごとに、人が人を呼び
今年は、350人の今まで一番の参加者でスタートしました。

実は昨年、私が大変お世話になっている方が、この大会に参加して

「本物になれる」「自分が好きになる」
「絶対、一生に一回は歩いた方がいい」などなど
熱い熱いメッセージを頂いていました。

それで、昨年はこちら高知で、高知大学主催の100km歩く大会に参加したのですが
無惨にも「50km」でリタイア
今年は、何とか昨年よりも・・・と臨んで迎えた今大会でした。

スタートの時、主催者の社長様の挨拶で
「今日は雨が降ってます。最悪のコンディションです。
しかし、これを最悪と思うのか、いい試練だ、最高と思うのか、
それは皆様の心次第です。」

という言葉に、胸を打たれ、空を見上げ、もう後戻りできない
これから始まる数時間のチャレンジへの決心をしました。
最初は、知っている方と仲良く
仕事の話や、最近の話についての話に花を咲かせ意気揚々と足を滑らします。

しかし、歩くスピードを人に合わせるのは本当に難しく
最初はみんなで合わせていたのが、だんだんバラバラになってきました。
私は昨年、高知の大会で、最初からスピードを上げて、
それが原因で足がもたずリタイア
その教訓があったので、ゆっくりペースで一歩一歩前に運びます。

それから今回、靴を買う時に、買ったお店で教えて頂いた
「マサイ族の歩き方」をイメージして歩きました。

その歩き方は、言葉にすると非常に難しいのですが
上体を動かさず、地面からの衝撃を膝で吸収するのではなく
なるべく腰で吸収するように歩くのだそうです。

マサイ族の人は、大きな水瓶を頭に乗せて、毎日、毎日、何キロもあるいているのに
誰一人として、足腰を痛めた人がいないそうで、
最近は、医学やスポーツ学等から脚光を浴びているそうなのです。

ちょっと考えてみたら、マラソンの野口選手や高橋選手の走っているフォームは
ほとんど上体にブレがありませんし、競歩の選手もそんな感じです。

マサイ族の歩き方をマスターするのには、かなりの時間が要るとの事でしたので
今回は、上体を上下させない事、それから競歩の選手のような歩き方をイメージして
それを実践してみました。

しばらくそのペースで歩いていると左手の方に、
39キロ地点のチェックポイントが見えてきました。
そこには、今回同じ高知から参加した私の高校の大先輩でもあります
Y先輩の姿がありました。

私:「先輩!えらい早かったっすね~、大丈夫っすか~」の問いかけに
先輩:「膝の裏がいかん!」
私:「どうしますぅ?」
先輩:「行く」

先輩には、日頃から本当にお世話になっていて、いつも適切なアドバイスを頂き
今の私があるのも先輩のお陰です。
何とか、一緒にゴールをしたい!そんな気持ちでいっぱいになり
ひとまず、次の50キロ地点を二人で目指します。

しかし、朝からの雨はだんだん強くなってきて
大きな車が横を通ると、否応もなくドロがはねてきます。

前に歩く気持ちがグラグラと揺らぐのが、足の調子のいい私でもひしひしと感じます。
足を痛めた先輩にはよっぽどの事だと思いました。
先輩:「オレはかまんき、先に行けやぁ~」
私:「50キロまでは一緒に行きましょう」

たった、「歩く」
たったそれだけ

なのに、どうしてこんなに一緒に歩く事が難しいのでしょう

もし、これを会社に、そして家族に置き換えた時、私は、嫌なことから目をそむけ
うわべだけで、一緒にやってきたかもしれない事に胸を痛めました。

今までの生活をやり直す意味でも、何とか、先輩と50キロまで行くんだ!
その一心で、一緒に足を進めます。
一緒に歩き初めて約2時間、陽は西に沈み、辺りは真っ暗になってきました。
建物の灯りと、横を通り過ぎる車の灯りだけ頼りに歩きます。

しばらくすると、右手にコンビニが見えてきました。
私:「先輩、あそこまで頑張りましょう」
コンビニに着くと痛い足を押さえる先輩、疲労困憊の顔が隠せません
一緒に食べる「おでん」の味が胸にしみます。

足の痛さを忘れさそうと、高校のバカ話や仕事の話にしばらく花を咲かせます。
私:「さぁ~、歩きましょう!」といったその時に
先輩:「ありがとう、おまんのお陰でここまでこれた
おまんがおらんかったら、39キロでやめちょった
ここから先は、自分でゆっくり行くき、おまんは先に行け」

今回の大会にはタイムリミットがあって、時間内にゴールしなければなりません。
それを気遣ってかの先輩の一言、一緒に行きたい気持ちでいっぱいでしたが、
初めて聞く「ありがとう」という先輩の声に

私:「絶対、50キロまで来て下さいよ」
先輩:「よっしゃぁ~、分った!」
涙いっぱいの約束を交わし、一人、雨の中を歩きはじめました。

先輩と別れ、数十分、大きな川の橋を渡り、左手に灯りが見えたとき
向こうから「がんばれぇ~」の大きな声が聞こえてきました。
そうです、ちょうど半分の50キロのチェックポイントです。
私の中で、目標にしていた地点が目の前です。

「がんばれぇ~」の声に勇気をもらい、一歩一歩足を運び、その地点へと・・・
たどりつくとそこは、足を痛めた人のうめき声がそこら中から聞こえてきました。

ボランティアで参加されたお世話係りの方が、一生懸命マッサージをする姿をみると
涙がグッと込み上げてきました。
自分の足を触ってみると、痛いには確かに痛いですが
不思議な事に、昨年、50キロでリタイアした時のような激痛はありません。

もしかしたら、今回はチャンスかもしれない、恐るべしマサイ族!そんな思いを胸に
次の目標に向かって歩き始めました。

次の目標は、81キロのチェックポイント!

そこには、昨年見事100キロを完歩して、今回、サポートに参加していただいている
多く知り合いの方が待っていらっしゃるところ

そして、そこには、蟹屋さんが、
無償で提供してくれた「カニ汁」が待っているところ

前日に、蟹屋さんから「おいしいカニ汁をみんなで食べてね!」と言われましたので、
それを楽しみにしておりました。
雨の中を一歩一歩、みんなの顔とカニ汁を目指します。

それはスタートして、ちょうど12時間、午後7時のことでした。

そこからしばらく歩いた60キロ地点、50キロでは大丈夫だった足も
さすがにギシギシと痛みを感じるようになってきました。

進んでいる道は、市街地を抜け、まわりには、建物が少なくなり
灯りも同時に少なくなってきました。

ふと気付けば
前は・・・誰もいません、
後ろは・・・誰もいません、
まわりに誰一人もいない事に気付きました。

今回の道は、初めて通る道、もし、間違っていたらどうしよう
自分の居場所が分らなくなり、不安と寂しさでいっぱいになりました。

暗闇の中に一人でいる私・・・

激しく吹きつける雨、そして暗闇、そして遠くの雷の声、不気味な光り
聞こえてくるのは、時折横を通る車の音と
自分の足音、右手にしっかりと持った「杖」が地面をつく音
さっきまでは、車が横を通るとドロをはねらるので、すごく不快な思いでしたが

それが、次第に、だれか横にいて欲しい
早く車が横を通って欲しい、そんな気持ちになりました。
しかし、そんな気持ちと裏腹に現実はそうではありません。
コースは市街地を抜けていきますし、時間が時間です。
車の数は当たり前のように少なくなっています。
だんだん、だんだん、寂しくなり、涙が込み上げてきてきました。
それから、痛みと不安の思いからか

自分がどうしてこの世に生まれてきたのだろう?
自分は何のために生まれてきたのだろう?
どうして、この仕事をしているんだろう?

そんな思いがふつふつと沸いてきました。

もうここから逃げ出して逃げ出したくて、何度も何度もリタイアを考えました。

また挫折すのか?
また去年のように諦めるのか?

今まで、いつもいろんな言い訳をして諦めてきた自分
そんな自分に別れを告げたかったのも、今回参加した理由の1つ

たった、歩く事!それさえもできそうにない自分
自分が自分を本当に情けなくなりました。

そんな時、私のポケットにあった携帯電話に妻から電話が一本

暗闇の中にポツンといた私に
妻の声は本当に救いでした。

妻:「どう?雨は?どこまで歩いた?足は大丈夫?寒うないぃ?」
気遣ってくれる声に、「うん、うん、大丈夫」と答える私

電話の向こうが、静かになったので、
話は終わったのかと思い、電話を切ろうとした時

電話口から
娘:「ぱぱぁ~、がんばってよぉ~」
3歳の娘が・・・

目の前が涙という洪水で溢れて・・・
失いそうになっていた自分をしっかり取り戻しました。

そうです。この子たちの笑顔を守るのは私の役目
私がやらないで誰がするのでしょうか?
まさか他人の誰かが、ウチの子供を幸せにするのでしょうか?

いや違います!

家族の幸せを守るのは私の役目
私の存在意義は、家族の笑顔を守る事
もし、今回、100kmを歩ききったら
どんなに娘や息子が喜んでくれるのか、
どんなに嬉しい顔をしてくれるのか・・・

まだ見ぬゴールの向こうに、しっかりと、はっきりと
娘と息子の喜ぶ顔が見えました。

そして順番に、妻、社員全員の顔が、ゴールの向こうに見えた瞬間!

「ハッ」と
自分の存在意義に気付きました。
私の存在は、家族、社員を幸せにする事

その時こそが、不安が勇気へと、
「カチッ」とスイッチが切り替わった瞬間でした。



後編へと続く。。。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。
また、次号(11月発行)にてお付き合いくださいませ。

それでは、失礼いたします。

細川 泰伸

第75号 2013年9月発行
「凡事徹底」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

暦は9月に入りました、こちら高知は、暑すぎた暑すぎた暑すぎた8月がやっと終わり、
少しずつ気温も落ち着き、過ごしやすくなろうかとしております。

いやぁ~、今年の8月は本当に暑かったです。
8月12日にはこちら高知の四万十市江川崎で、
国内観測史上で最高となる41.0℃が記録されました。
私が住んでいる高知市でも、毎日毎日暑い日が続き、
8月25日26日以外は全て30℃を超える日が続きました。
全国的にみても、今年は歴史的な猛暑いや酷暑の8月だっと思います。

この暑い8月、私をさらにさらに熱い熱い思いにさせてくれたのが・・・
甲子園球場で繰り広げられました、高校球児達の熱戦に次ぐ熱戦!

私など、先日10分程度、子供とキャッチボールしただけで、
汗でシャツがビショビショになり、 頭もふらふらっ~~~ときて、
もしかして「熱中症っ~~~?」と大変な思いをしました。

甲子園は、連戦に次ぐ連戦ですから、選手も含め、
応援団の生徒達や観客の皆様もこの暑さは相当堪えたと思います。
特に、ピッチャーは連投に次ぐ連投ですから、想像を絶するに値する事でしょう。
高校球児の全力プレーには、私だけではなく、
見る人全てを感動の渦に巻き込んだと言っても過言ではないと思います。

そんな彼らがその場に立つまでには、かなりの厳しい練習の日々があったと想像します。
試合が終わり、勝った球児、負けた球児、
それぞれ今までの厳しくとも懸命に白球を追いかけ続けた日々が
きっと走馬灯のように蘇ったのではないでしょうか?

かくなる私もその白球とは違いますが、高校生現役?の時は、
卓球部に所属しており、白球を追いかけていました。
県内では、強豪校でしたので、毎日の練習は厳しく、汗も流しましたし、涙も流しました。
特に夏の練習が厳しかったのを記憶しております。
卓球道場(私達はそう呼んでました)内は、
真夏といえども窓とカーテンをビッタリと締め切った中での練習です。

なぜ?窓とカーテン締め切るかといいますと・・・・
風でボールが曲がったり、光でボールが見えにくくなったりするのを防ぐ為です。
この締め切った真夏の道場内は、本当に本当に本当に暑く、
練習も厳しかった事を忘れる事ができません。

しかし、その厳しい練習を乗り切った事が自信となり、大会では「必ず勝てるはず!」
そんな強い思いが体の芯からみなぎった事でした。

話は、甲子園に戻しまして、、、、
大会後日、ある雑誌に優勝した前橋育英高校の
荒井監督のインタビュー記事が紹介されていました。

監督の座右の銘が「凡事徹底」との事。

監督のコメントに
「毎朝、散歩しながら15分間ゴミ拾いをしているんですけど、
今年はそういうこともきちんとできるチーム。
本物というのは、そういう平凡なことも、
きちんと積み重ねることができるチームのことだと思うんです」
とありました。

そして、指導の礎としたのは、日大藤沢(神奈川)を卒業し、
1983年に就職した「いすゞ自動車」での経験で、
「インコースの打ち方を覚えるよりも、まずはトイレをきれいにしろ、
靴をきれいにそろえろ、というチームだった」と続けられていました。

私は、そのコメントを読み、
本当に強いチームの本質に触れたような気がして身震いをしました。

とかく、最近ではテクニック的な事を安易に習得しようとする傾向があるように思えます。
しかしそれは、メッキのようにあっさり剥がれ落ちるような気がしてなりません。

基本中の基本、挨拶であったり、掃除であったり、・・・を徹底する!
人としての本質のようなものを思い起こしました。

そして、この「凡事徹底」という言葉に忘れもしないある出会いを鮮明に思い出しました。

それは、「凡事徹底」というタイトルの本を書かれた
株式会社ローヤル(現 イエローハット)の創業者:鍵山秀三郎氏との出会いです。

今から7年前、私が独立して会社を立ち上げた当時の事です。
正直、事業は形を成してなく、ただただ、がむしゃらな毎日を送っておりました。

そんな私を見かねてか、恩人のご紹介で、会社経営に関するある勉強会に入ったところ、
幸運にも、その勉強会で鍵山秀三郎氏を訪問する事になったのです。

会社(イエローハット社)に到着すると、
社員の皆さんの元気で明るい挨拶、社内の清潔さに驚きました。
もちろんトイレの綺麗さは、伝え聞きをはるかに上回る程で、驚嘆の一言につきました。

会議室に案内され、数分待っていると、
これほど温和な表情は見たことがない!という方が
静かに入室されました。鍵山秀三郎氏です。

そして、私のすぐ横に着席されました。距離は30cm程でしょうか?
私は胸の高鳴る鼓動を抑える事ができなかった事を今でも覚えています。

そこから1時間間程、氏が直面した体験を拝聴し、
そのお話に涙をボロボロと流しました。

特に心を打たれたのは、広島の高校生。少年院まで行った非行少年のお話でした。
当時、氏が直接、その少年にトイレ掃除を薦め、最初は全く相手にされないものの、
何度も何度も何度も何度も何度も薦め、
やがてその少年がトイレ掃除を始め、更生していくというものでした。

そして、その少年からの直筆の感謝の手紙が私の目の前に広げられた時、
心がブルブルと揺さぶられる思いがしました。

貴重な体験を頂いた私は帰社後、トイレ掃除を毎日するようにしました。
最初は、正直、気が進まなかったものの、いざブラシを持って磨いていくと、
それに応えるようにキレイになっていき、一汗かいた頃には、ピカピカになり、
何か晴れ晴れしい、清々しい気持ちとなりました。

トイレがきれいになると、机の上やパソコンの画面のちょっとした汚れが気になってきて、
仕事の前は、必ず掃除をする習慣が身に付きました。

今では、社員の者が私より進んで先にトイレ掃除をしてくれるようになり、
お陰様で、毎日とても気持ちのいい環境で励んでおります。

「凡事徹底」 当たり前のことを人には真似できないほど一生懸命やる
改めて、心にしっかりと刻む事ができたこの8月でした。

9月に入り、少し気温は穏やかになり、過ごしやすくはなってきておりますが、
まだまだ残暑厳しい毎日が続いております。
暑さ対策もそうですが、急な気温の変化にもどうぞお気をつけ下さいませ。

「うがい、手洗い、十黒梅(じゅっこくばい)」
健康管理には、十分にお気をつけて、お過ごし下さいませ。

それでは、失礼いたします。

細川 泰伸

第74号 2013年8月発行
「眠れぬ夜」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

いやぁ~、今年の夏は本当に本当に本当に「暑い」ですねぇ~
「暑い」という漢字より、「熱い」という漢字の方が合っているような暑さです。

先日、息子の少年野球の応援に行きまして、
日焼け対策とばかり「腕抜き」を着用しましたところ、
腕は、日焼けしなかったものの、手首から先が真っ黒に日焼けし、
素手なのに、黒い手袋をしているような不恰好な姿になっております。

本当に陽射しが厳しい毎日が続いております。

近所の方との挨拶も「いやぁ~、本当に今年の夏は異常なくらい暑いですね~」と
必ず「異常なくらい」という修飾語をつけてしまいがちな程の暑さです。

それで、ふと昨年の事を振り返ってみますと・・・
昨年も同じように「異常なくらい」という修飾語をつけていたように記憶しています。

そこでっ!インターネットのホームページで今年と昨年の気温を調べてみました。
(今は、本当に便利になりました。パソコンでチャッチャッと調べる事ができます。)

私が小学生の時の夏休みには、
毎日の天気や気温を日記に書くという宿題がありました。
ついつい忘れて、8月31日に友人に教えて貰おうと電話したところ、
その友人も記録 をしてなく、 また別の友人に電話して・・・その友人も・・・、
また別の友人に電話して、やっと! といった記憶があります。
(話が脱線しまして、申し訳ございません。)

話を戻しまして、こちら高知の今年の7月の最高気温を調べてみました。
7月5日から31日まで、連続で27日間も最高気温が30℃以上を計測しております 。
ちなみに昨年7月はどうかといいますと、最高気温が30℃を超えたのは22日間。
(連続ではありませんでした)

やはり確実に、今年は昨年よりも暑さが厳しいように思います。
どうか皆様、熱中症には、くれぐれもくれぐれもお気をつけ下さいませ。

話はこの「暑さ」をテーマに続けまして、こう暑いと夜が寝苦しくて、
どうしようもありません。
毎晩毎晩、寝苦しい「眠れぬ夜」が続いてます。
この季節になると、どうしても忘れられない高校の時の思い出があります。

それは、私が高校一年生の夏の寝苦しい寝苦しい寝苦しい「眠れぬ夜」の事でした。

当時、私は寮生活をしてました。寮によっては、
2人部屋から60人部屋というさまざまなタイプがあり、
その夏は、中学1年生から高校3年生までゴチャ混ぜの60人部屋で、
ある意味、男臭さにまみれて青春を送ってました。

毎晩10時30分の消灯の時間が来ると全員ベッドの前に整列して「点呼」です。

寮長:「番号はじめっ!」の合図に
寮生:「1」「2」「3」「4」・・・・・と
順番に1人ずつ声を出していきます。

ここで、人数が足りないということは大変な事です。
中には、寮生活の厳しさに耐えかねて、こっそり脱走する寮生がいるんです。

カッコ良くいえば、まるで軍隊!
リチャード・ギアの「愛と青春の旅立ち」の世界
カッコ悪くいえば、まるで刑務所!
クリント・イーストウッドの「アルカトラズからの脱出」の世界

それでその日は、無事に全寮生がいて「おやすみなさい」と、一斉に声に出し
ベッドの中にもぐりこみました。そのまま朝までグッスリ眠れるはずだったのです。

ところがっ!夏の暑い夜ですから、寝苦しいんです。
おまけに、当時の寮には冷房がなく、これまた、寝苦しいしんです。

それから、山の間に寮がありましたから「虫の声」が耳に響き渡ります。
風情も何もあったもんじゃありません。寝苦しさ倍増!

そして60人もいると「いびき」のうるさいのから「寝言」のうるさいのがいて、
いい加減暑くて、うるさくて寝苦しいのに輪をかけて、
寝苦しくてたまったものではありません。

まさに「眠れぬ夜」!!!!

もう、どうしようもないので、頭の中でひたすら羊を数えます。

途中、なぜ?羊なのか? ヤギではだめなのか? 牛ではだめなのか?
ふと、そんなどうでもいいことを考えると、余計に眠れなくなってきます。

それで、忘れられないその出来事は、羊の頭数が500を超えた時に起こりました。

急に!私から5つぐらい隣のベッドから
「元気ぃぃいいい
だしていくぞぉぉぉおおおお~!!!!!」
と大声の寝言が聞こえてきました。

野球部の寮生で、おそらく練習の夢を見ているのでしょう
夢の中まで、白球を追いかけるとは、まさにまさにまさに青春です。

微笑ましく思えた、コンマ数秒後、間髪置かず!

「声がぁあ、
小さいぃぃいいいいい!!!!!!」
と別のベッドから、これまた、大声の寝言が返ってきました!

寝言の主は、野球部の先輩です。
どうやら、こちらも夢の中で白球を追いかけています。熱いっす!

夢の中で、寝言で先輩が後輩に気合を入れるとは。。。

熱血球児恐るべし!!!!

以上、もう二度と巡り合えない「眠れぬ夜」の思い出でした。

とにもかくにも、暑い毎日が続いておりますし、まだまだ続きそうです。
重ね重ねになりますが、熱中症、体調管理には、くれぐれもお気をつけ下さいませ。

それでは、失礼いたします。

細川 泰伸

第73号 2013年7月発行
「大盛り上がりの幡多(はた)」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

4月下旬より始まりましたどくだみの収穫と搾り加工は、
予想以上の豊作で無事に終了致しました。
これもそれも、どくだみの栽培に汗を流して頂いた農家の皆様、
そして、一緒に搾り加工に努めてくれた社員やアルバイトの方々
販売の方の留守をしっかりと守ってくれた妻や社員のみんな、
それから、毎日、十黒梅をご愛飲頂いております皆様のお陰と心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。

これで、しっかりと十黒梅(じゅっこくばい)の原材料が確保でき、
十黒梅(じゅっこくばい)をご愛飲の皆様に安心して頂けるかと思うと、
感謝の気持ちの中に、ほっとした気持ちが溶け込み、
そう、ちょうど香り高いコーヒーにフレッシュミルクをクルックルッと溶け合わせたように、
ありがたく、嬉しく、ほっとした心温まる思いがしております。
(すみません、ボキャブラリーが乏しくて・・・)

そして、今回何よりも嬉しく感謝しているのは、
今年も誰一人として怪我もなく無事に終えた事です。

どくだみの搾り加工といいますと、まず、どくだみをしっかりと洗い、
その後、高速回転の鋭利なカッターでみじん切りにします。
そして、そのみじん切りにしたどくだみを圧搾して搾り汁が出来上がります。

言葉にすれば簡単ですが、一つ不注意があれば大怪我をしてしまう
非常に危険な機械が列を連ねています。

私は以前、当時の職場で、私の不注意で右手の人差し指が機械に挟まり、
第一関節から先を飛ばすという大怪我の経験があります。
救急車で運ばれ、すぐに結着手術をして入院生活を3ヶ月以上送りました。
お陰様で、無事に手術は成功し、経過も順調で、
少し不恰好な指で、少し不便ではありますが、
現在では、日常の生活には何ら問題はなく、日々励んでおります。

その経験があり、搾り作業の日には、毎日朝礼をし、私の怪我をした指を全員に見せ、
機械を安全に取り扱う事を徹底してきました。
その甲斐もあってか、全員が気をつけてくれ、
これまで誰一人として怪我がなかった事を人一倍嬉しく感じております。

ともあれ、私どもにとりまして、一番大切などくだみの収穫と搾り加工が無事に終りました。
皆様、本当にありがとうございました。重ねて心より感謝申し上げます。

さて、そのどくだみ畑のある「黒潮町」、そしてその「黒潮町」を含む「幡多(はた)地域」が
今年は何やら脚光を浴びていますので、その話題を2つご紹介させて頂きます。

まず1つ目、映画やドラマのロケ地として賑わっています。

黒潮町を舞台にした映画「月の下まで」が6月22日からTOHOシネマズ高知を皮切りに、
9月14日から渋谷ユーロベース(東京)他で上映が予定されています。

私はまだ観に行っておりませんが、観に行った方によれば、
「ジーンときて涙が出てきた」という声を聞きました。

内容は、黒潮町の風景の中で繰り広げられる、カツオ漁一筋に生きてきた不器用な父親と
知的障がいのある息子との葛藤と再生を描いた作品です。
鹿島神社や佐賀漁港、土佐佐賀駅、大方高校など、
ロケ地となった町内各地の風景がスクリーンに映し出されます。
(黒潮町ホームページより抜粋)

是非、機会がありましたらご覧頂ければ幸いです。

それから、黒潮町のお隣の四万十市は、
昨年『遅咲きのヒマワリ~ボクの人生、リニューアル~』が舞台となり、
一躍脚光を浴びました。
今年は観光客の方も増えたようで、四万十市では、
その続編の製作を要望する署名活動を行っているようです。

次に2つ目、現在「楽しまんと!はた博」が開催されています。

「楽しまんと!はた博」とは、
高知県の西部にある「幡多(はた)」という地域の6市町村が連携し、
平成25年7月1日から12月31日までの約半年間、海・山・川の大自然を体験して頂き、
地域の食材・産物の恵みを知っていただく広域観光キャンペーンです。

いろいろな地域で、いろいろなイベントを行っておりますので、
「楽しまんと!はた博」の公式ホームページ をご参考にして頂ければ幸いです。

個人的に、私が注目をしているイベントは7月7日に黒潮町で開催される
「星降る砂浜美術館★砂と光のアート展」です。

(すみません、この手作り新聞の執筆は7月の初めで、
皆様にお届けが中旬~下旬になりますので、
もう終っているイベントになります。どうぞご了承くださいませ。)

黒潮町の入野海岸は、長さ約4km・幅約200mの広大な砂浜を持つ、
日本の渚百選にも選ばれた海岸です。
その海岸に、昼は見事な砂像を作り、
夜は作家酒井敦美さんのあたたかく幻想的「光の切り絵」を浮かべ、
世界初の砂像と光の切り絵の夢の世界が楽しめるイベントです。

私は、何度かそこで「砂像」を鑑賞した事があり、
その出来栄えに心を奪われた事があります。
「砂像」は、北海道・雪祭りの氷の像をイメージして頂ければ分りやすいと思います。
そのような造形を砂で作って表現した物です。
今回は、その「砂像」に「光の切り絵」がコラボレーションする初めての試み、
私も全く想像がつきません。

その他にも、黒潮町では「もどりガツオ祭」「ホエールウォッチング」
四万十市では、「四万十川のほとりで流しソーメン」「お座敷大交流会」「カヌー大会」
土佐清水市では「清水のおきゃく」「花火大会」「皿鉢(さわち)料理早食い競争」
宿毛市では「シュノーケリングに釣りにバーベキュー鵜来島の休日」「黒鯛釣り大会」や
大月町では、「お魚博士と行く 柏島子どもサマースクール」
「大月の幸を大食い早食い選手権」
三原村では、「三原村 秋のどぶろく農林文化祭」「ニッポンの田舎あそび運動会」
などなどが開催される予定です。
(日程は、それぞれ異なりますので、事前にご確認をお願いします。)

以上、一人で盛り上がっている細川が幡多(はた)の盛り上がりをお伝えしました。

7月に入り、雨の日が多く体調管理が難しい毎日が続いております。
これから梅雨が明け、季節は真夏に向けて一直線、猛ダッシュ!!
皆様も体調など崩されませんよう「うがい、手洗い、十黒梅(じゅっこくばい)」
健康管理には、十分にお気をつけて、お過ごし下さいませ。

それでは、失礼いたします。

細川 泰伸

第72号 2013年6月発行
「梅雨の恵み♪♪♪」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

こちら高知は、5月27日に梅雨入りをし、毎日ぐずついた空模様が続いております。
黒潮町のどくだみ畑では、どくだみの収穫のラストスパートに入りました。
農家さん達は、この雨の中、朝早くから頑張って頂き、
本当に頭の下がる思いがしております。 ありがとうございます。

一般的に、私達にしてみたら、雨はあまり歓迎しないかもしれませんが、
どくだみにとっては大歓迎のようで、まるで両手をいっぱいに広げるように、
そのハート型の葉を広げ、雨の恵みを体全体に吸収しているようです。

こうやって、どくだみ畑に立ち、雨の事を考えてみると、
嫌なイメージの雨も、自然の大いなる恵みですし、雨が降らないと農作物は育ちません。
何にでも、良い面とそうではない面の両面があるように感じ、
良い面が活き活きと活用された時、
その持っている物のすばらしが光り輝く時だと思いました。

そんな風に思って、どくだみ達を見ると・・・・
抜いても抜いても抜いても抜いても・・・・
どんどん生えてくる困り者の雑草の代名詞の「どくだみ」
しかし、毎日のように、ご愛飲の皆様から頂く「嬉しいお声」を拝読させて頂くと、
この困り者の「どくだみ」が光り輝いているようにさえ思えます。
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困り者のどくだみといえば、こんなエピソードがあります。

それは、2009年6月22日に、どくだみの搾り工場を操業した時の式典の事でした。
どくだみ生産組合の組合長様から、私の記憶では、このような言葉を頂きました。

「相撲の千代大海は、若い時は力が有り余って乱暴者で困りもんやったけんど、
その力が相撲で発揮され立派になった。
どくだみも、同じように困りもんや、千代大海のように、立派になって欲しい。」
(上記は私の記憶です。一言一句、同じではございません。)

冬の間、力を根に蓄え、春になり意気揚々と葉をつけ、
しっかりと背を伸ばした「どくだみ達」
その後は、収穫→→→搾って青汁→→→→→醗酵→→→「十黒梅」となります。
そして、ご愛飲の皆様のお手元に届き、皆様が十黒梅の良さをご実感頂いた時、
その時が、どくだみの命の光り輝く時です。

雨のどくだみ畑に立ち、この雨を喜んでいるように見える「どくだみ達」を見ていると、

「何にでも、良い面(プラス面)と悪い面(マイナス面)がある」
「そしてそのよい面を引き出せば、光輝く」

この大切な事を教えてくれたように感じました。

そして、何でもそうですが、悪い面(マイナス面)はとかく目立って見え、
良い面(プラス面)は、なかなか見えにくいものだと思います。

昨今、テレビをつけますと「体罰問題」が連日のように報道されています。
私は、現場に立ち会った訳ではありませんので、個々の経緯は分かりませんが、
悪い面(マイナス面)ばかりを指導するのではなく、
良い面(プラス面)をしっかりと導き出す事が大事ではないか?と畑の上で感じました。

ともあれ、自然というのは、いろいろな事を私達に教えてくれるように感じます。
この自然の「ありがたさ」に感謝して、収穫に搾り作業に、
ラストスパートで頑張って参ります。

日中はずいぶんと暖かい陽気ですが、朝夕はまだまだ肌寒さを感じます。
皆様も体調など崩されませんよう「うがい、手洗い、十黒梅(じゅっこくばい)」
健康管理には、十分にお気をつけて、お過ごし下さいませ。

それでは、失礼いたします。

細川 泰伸

第71号 2013年5月発行
「どくだみの収穫が始まりました。」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

今年のゴールデンウィークは、全国的に天候に恵まれました。
皆様、いかがお過ごしだったでしょうか?
一般的には前半の4月27日~29日と後半の5月3日~6日と2回。
その間の4月30日~5月2日を休みにすれば、10連休っう!!!という方や、
いやいや連休中は、書き入れ時で仕事が忙しくて!という方もいらっしゃったと思います。

この連休中、こちら高知では、県外から帰省された方や、旅行に来て頂いた方で
各行楽施設や各イベントは、大盛況だったようです。

また、どくだみ畑がある高知の黒潮町では、
この連休中に「Tシャツアート展」や「はだしマラソン」が
松原で有名な入野海岸で開催され、これまた大大大盛況!!だったようです。

私は?といいますと・・・、そんな大賑わいをよそに、
そよそよとハート型のどくだみの葉をゆらす風の中、額に汗を流しておりました。

はいっ!このゴールデンウィークは、
どくだみの収穫の真っ盛りです!

私どもにとりまして、一年で一番忙しい時期でもあり、
大事な時期でもあり、嬉しい時期になりました。
この嬉しい時に、私は3つ大きな「ありがたさ」を感じました。

まず、一つ目は農家さんの地道な努力の「ありがたさ」です。

毎日、農家さんが工場まで運んでくれる「どくだみ」は、
葉も茎も青々としっかりしていて、今年は大豊作と言っていいと思います。

農家さんに聞くと、「社長~、今年は冬の間に、○○しちょったけんねぇ~」と
冬の間の工夫や仕事内容を自慢げに話してくれます。

いろいろな工夫を凝らしたり、しっかりと手を掛けて頂いたようで、
その結果がこの青々としたどくだみの葉になったのだと感心するばかりです。

どくだみの栽培を始めて、今年で6年目になります。毎年毎年、いろいろ工夫され、
来年はこうしよう、ああしようと、農家さん同士で話合って頂き、汗を流して頂いた事が、
本当に心から嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいです。

最近、「すぐに○○になる○○法」とか「簡単に○○できる○○法」等々の
HOWTO(ハウトゥ)本がよく目につくようになりました。
それはそれで、短期間に簡単にできる方法なので、いいと思いますが、
私の周りでいうと、それでできるようになったいう方は少ないように感じます。

「失敗は成功の元」と昔から言われるように、
小さな失敗を反省し、改善策を自分達で考え、
しっかりと努力し形にしていった農家さんの後姿に、実りへの道のりは近道などなく、
地道な努力の積み重ねこそが、その道であるという事を教えて頂きました。

二つ目は、一緒に仕事をして頂いている仲間の「ありがたさ」です。

収穫と搾汁作業となると、多くの人手が必要となります。
皆さんニコニコ笑顔で働いて頂き、仕事が多く、
遅くまでかかった時も、誰一人嫌な顔をしません。
気持ちのいい仲間に集まって頂き、私は本当に運がいいと思います。

そして、一緒に働く社員も、どんどん仕事を覚え、
私が指示をする前に進んで動いてくれ、
助けてくれ、本当に頼もしい存在になってきました。

それから、このどくだみの収穫期は、
販売やお客様業務は妻と社員に全てを任せております。
私の留守をしっかりと守ってくれるメンバーに恵まれ、とても助かっております。

こうして一緒に、十黒梅をご愛飲頂く方のお役に立ちたいという旗の元、
頑張ってくれるみんなにありがたく感謝の気持ちでいっぱいです。

最後の一つは、家族の「ありがたさ」です。

私はこの収穫期は、家族と離れ、単身赴任でこの黒潮町に来ております。

私は、中学生から寮生活を始め、高校・大学、そして社会人5年と15年も寮生活をし、
身の回りの事は自分でできる方だと思っております。

しかし、一番困っているのが、、、、食事です。
寮生活15年とはいえ、学校や寮母さんなどで食事は全て作って頂いておりました。
実は自炊の経験がないのです。
やろうと思えば、なんとかなるとは思いますが、
日頃、何もしてきていない私にとりましては、
一人でご飯を炊いて作って、一人で食べて、一人で片付けるというのは、とても大変です。

朝は、早くから工場に入りますし、夜は、体力仕事を終え、バタンキューです。
いろいろ作って、片付けてというのは。。。と躊躇してしまい、
ほとんど、スーパーの出来合いのお惣菜をレンジでチンして・・・
というパターンがメインとなります。

先日、工場が休みの日に、家に帰り家族で食事をしました。
久しぶりに妻の手作りのあったかい食事にありつけ、
そして子供達の元気な笑顔に包まれ、とても美味しく食事を頂きました。

日頃は、妻の料理が当り前のようになっており、
「食事は、まだぁ~?」と偉そうに言っていた自分を反省しました。

今年から中学生になった長女は、クラブ活動の厳しい練習疲れからか、
それともお年頃か、 以前程の会話の量ではありませんが、
私が久しぶりに家に帰ってきたという事で、
新しく始まった英語の授業の事等をニコニコ笑顔で話してくれたり、

長男は、私の留守中に行われた野球の試合で活躍できず、
「お父さんが、応援に来てくれんかったき、打てんかった。」といつになく甘えてきて、
家族で一緒にいる事がとても嬉しく感じました。

こうして、たくさんの「ありがたさ」を感じながら、
日々、どくだみの収穫、そして搾汁作業に励んでおります。

日中はずいぶんと暖かい陽気ですが、朝夕はまだまだ肌寒さを感じます。
皆様も体調など崩されませんよう「うがい、手洗い、十黒梅(じゅっこくばい)」
健康管理には、十分にお気をつけて、お過ごし下さいませ。

それでは、失礼いたします。

細川 泰伸

第70号 2013年4月発行
「幸せ発信基地」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

暦は4月に入り、2013年もあっという間に4分の1が過ぎてしまいました。
本当に月日の経つのは早いものですね、
昔から「1月行く、2月逃げる、3月去る」と言われるように、
特にこの3ヶ月は、お正月やら、受験やら、卒業やら、年度末やらで何かと慌しく
月日の経つのが本当に早く感じられました。

それから早いといえば、今年は特に「桜の季節」が例年になく早いようです。
こちら高知も4月の一週目には終わりそうで、
桜の終わった新緑の入学式になりそうです。

また、東京の知人から聞いた話では、「お花見」の予定が入社式の前だそうで、
毎年、新入社員の初仕事だった「お花見の場所取り」も、
2年目以降の社員の仕事になるとか。。。。
何でもスピードの時代とはいいますが、桜の季節が早すぎるのは、どうかと思います。

(この新聞を書いているのが、4月の3日ですので、
皆様にお届けの時には、桜の話題は、もう遅いかもしれませんね。)

さて、その「お花見」、 起源は?といいますと、
奈良時代の貴族の行事だと言われています。
ただ、その頃は「桜」ではなく「梅」のようで、
「桜」に変ったのは、平安時代になってからだそうです。

平安時代といえば、、、、「鳴くよ(794年)ウグイス、平安京」。
そうです!今から1200年以上も前のお話です。

1200年以上も前から、人々はこよなく桜を愛し、その可憐さに心を魅了したかと思うと
どんなに時代が変ろうとも、変らないものがあるように感慨深い思いになります。

そして、桜は激動の日本の歴史を横目にし、
毎年毎年、咲いてはすぐに散り、咲いてはすぐに散りを繰り返してきたのかと思うと、
何か壮大で荘厳な自然の営み、地球の営みを感じざるを得ません。

そんな事を考えておりますと、日頃、ちょっとした事で、
イライラしたり不快に思ったりする自分の心が、とても小さく思えてなりません。
大きな気持ち、大きな心で日々過ごしていきたいと、桜の散り際に思いました。

さて、話題は「桜」から「どくだみ」に変わりまして、
「どくだみ」も「桜」のように、今年もしっかりと顔を出してくれました。

201304dokudami01 201304dokudami02

3月は、ちょこっと可愛らしく顔を出していた「どくだみ」は
4月に入り、一気に我先にと意気揚々とその背を伸ばしてきました。
今年は、「霜」の被害がありませんでしたので、「大豊作」の予感がしております。

どくだみが顔を出し始めると、当然、他の雑草も顔を出し始めます。
これからの季節が、私どもの本番です。そうです!「草引き」の季節がやってきました。

毎年毎年、「桜」が花咲くように、毎年毎年、「雑草」も生えてきます。
ただ、桜は散りますが、雑草は、散ってはくれません。
いやむしろ、存命を掛けて、その勢力を広げてきます。

そして、根を地中深くに下ろしているもの、根を地面広くに広げているもの 等々
雑草の根を全て抜き取る事は不可能に近いと言っても過言ではなく、
抜いても抜いても、地中に残った根から、次から次に生えてきます。
(どくだみも相当しぶとい植物ですが、他の雑草も負けてはいません。)

と言って、あきらめていては雑草天国となり、どくだみの収穫がなくなります。
ここは、じっと雑草と向き合うしかありません。

どくだみ畑に腰を下ろし、根の深い雑草を引くと、
土中からしっかりと張ったどくだみの根が見えてきました。
この冬、しっかりと力を蓄えてきたその姿に頼もしさを感じる事ができました。

青空の下、順調に育っているどくだみ畑の傍に立ち、このどくだみ達が
十黒梅をご愛飲頂いていらっしゃる皆様のお役に立てるかと思うと、
本当に嬉しく、どくだみ達が可愛く見えて仕方がありません。

こうしてどくだみ畑を見てみると、「桜」もいいですが
「どくだみ」でも、花見の宴席を楽しんでみたいなぁ~と思います。

2011年5月発行、第47号のこの新聞でご紹介させて頂きましたが、
以前ある方が、
「細川さん、この畑は、幸せ発信基地ですね」とおっしゃって下さった事があります。
その時は、そんな大げさな事をと・・・と思っておりましたが、

こうして、しっかり育ってきているどくだみ達をみていると
おっしゃって頂いた事が、この上なく嬉しく感じ、
「幸せ発信基地」という言葉が、すごく好きになってきました。

これもひとえに、大変なご苦労ご尽力を頂いている農家さんをはじめ、
さまざまな方々のお陰と、 心から感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。

この「幸せ発信基地」を合言葉に、この地から、社員一同
皆様のお役に立てるよう、頑張って参ります。

日中はずいぶんと暖かい陽気ですが、朝夕はまだまだ肌寒さを感じます。
体調など崩されませんよう「うがい、手洗い、十黒梅(じゅっこくばい)」
健康管理には、十分にお気をつけて、お過ごし下さいませ。

それでは、失礼します。

細川 泰伸

第69号 2013年3月発行
「見ている私まで、心が晴々としてきました。」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも十黒梅をご愛飲頂きまして本当にありがとうございます。
またこの度は、手作り新聞「イキイキ元気倶楽部通信」を
お手に取って頂きまして心より感謝申し上げます。

あの大惨事をもたらした東日本大震災から2年が経ちました。
震災でお亡くなりになられました方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
また、被災されまして、まだご不自由な生活をお送りになられておられる皆様、
心よりお見舞い申し上げます。1日でも早い復興、
そして皆様のご健康を心よりお祈り申し上げます。

さて、暦は3月に入りました。まだまだ寒い毎日が続いておりますが、
日中は暖かさも感じられるようになってきました。
こちら高知は、3月8日(金)に春一番が吹き、
待ちに待った桜の季節が近づいてきております。

高知は桜の開花が全国的にみて早い方で、「日本気象協会」によりますと、
今年の桜の開花予想は、3月18日だそうです。(昨年:3月21日)

桜の季節といえば、卒業・入学・進学・進級・心機一転の季節です。

我家の長女は、お陰様で今年から中学校に進学する事になります。
思い起こせば、大きなランドセルに背負われるように、
初めて小学校に登校した時の姿が、
つい先日のように感じられ、あれから6年間が経ったと思うと、
月日の流れの早さに驚くばかりです。

新しい学校、新しい友達、新しい生活に、胸を弾ませているようで、
新調しましたセーラー服に袖を通しては、鏡の前でポーズを取っております。

さぁ!新年度、私も今年は、十黒梅をご愛飲頂いております皆様に、
さらにお役に立てるよう、喜んで頂けるよう、商品作りに励みたいと思います。

そう、意気込んでおりましたら・・・
以前、定期購読をしておりました雑誌「致知」の致知出版社様から
「ご縁メール」を頂きました。 そのメールに心を打たれ、励まされ、
今年も頑張ろうと強く思いましたので、ご紹介させて頂きます。

致知出版社の「ご縁メール」 2013/3/4 より転載(特集「総リード」より)

■新聞掲載(四肢切断 中村久子女史の生涯)■
「人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はない」

その少女の足に突然の激痛が走ったのは3歳の冬である。
病院での診断は突発性脱疽。肉が焼け骨が腐る難病で、
切断しないと命が危ないという。

診断通りだった。それから間もなく、少女の左手が5本の指をつけたまま、
手首からボロっともげ落ちた。

悲嘆の底で両親は手術を決意する。少女は両腕を肘の関節から、
両足を膝の関節から切り落とされた。少女は達磨娘と言われるようになった。

少女7歳の時に父が死亡。

そして9歳になった頃、
それまで少女を舐めるように可愛がっていた母が一変する。
猛烈な訓練を始めるのだ。

手足のない少女に着物を与え、
「ほどいてみよ」「鋏の使い方を考えよ」「針に糸を通してみよ」。

できないとご飯を食べさせてもらえない。少女は必死だった。
小刀を口にくわえて鉛筆を削る。口で字を書く。
歯と唇を動かし肘から先がない腕に挟んだ針に糸を通す。
その糸を舌でクルッと回し玉結びにする。

文字通りの血が滲む努力。
それができるようになったのは12歳の終わり頃だった。

ある時、近所の幼友達に人形の着物を縫ってやった。
その着物は唾でベトベトだった。
それでも幼友達は大喜びだったが、その母親は「汚い」と川に放り捨てた。

それを聞いた少女は、
「いつかは濡れていない着物を縫ってみせる」と奮い立った。
少女が濡れていない単衣一枚を仕立て上げたのは、15歳の時だった。

この一念が、その後の少女の人生を拓く基になったのである。

その人の名は中村久子。後年、彼女はこう述べている。
「両手両足を切り落とされたこの体こそが、
人間としてどう生きるかを教えてくれた最高最大の先生であった」

そしてこう断言する。
「人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はない」

私は、このメールを拝読させて頂いた時、涙を押える事ができませんでした。
自分自身を振り返った時、いろいろな壁や困難に体当たりでぶつかり、
それらを乗り切ってきたつもりでした。
しかし、それらの壁や困難が、いかに小さい事か・・・・
彼女の強く生きていく姿勢に心を震わされました。

そして今、私の家族の中で1人、困難にぶつかっている者がおります。
それは、小学4年から5年に進級にする長男です。

長男は小学2年から野球を始めまして、
いよいよ高学年で試合に出るチャンスが巡ってきましたが、
残念な事に、昨年秋より利き腕の右肘を痛めて「投球禁止令」が出ております。

病院から帰ってきた時は、無言のまま涙を目いっぱいに貯め、
「右肘がどうなってもいいから野球をしたい」と悲痛な顔をしておりました。

禁止令が出てから3ヶ月程経ったある日の事、
長男が久しぶりに「キャッチボールをして欲しい」というので、
一緒に学校のグラウンドに行きました。
私は、てっきり肘が良くなり「禁止令解除」だと思っておりました。

「さぁ~!来い!」とグラブを構えた時、
数メートル先での異様な光景に驚きました。

なんとっ!右手にグラブをして、左投げのフォームで構えているのです!
(長男は右投げです。)
目を奪われた瞬間、ボールがズバンッ!と
まっすぐ私の方に投げ込まれてきました。
(ズバンッ!は、少し大げさですが・・(*^_^*))

話を聞くと、3ヶ月経っても右肘の治り具合が悪いらしく、
右投げはまだ無理なようで、
それだったら左投げで野球をしたいというのです。
(それもケロッとした顔で….)
私は、長男のその姿を見て、心が熱く励まされる思いがしました。

後から妻に聞きますと、試合を目前に3ヶ月経って、
やっとOKが出ると思い病院に行ったところ、
まだダメ、との診断に、立ち直れないくらいガックリしていたようです。
見かねた医師の先生は、
「そんなにやりたきゃ、治るまで左でやりよれ!」と冗談半分だったそうですが、
息子は単純に、「そーか、そーか!!」と、一気に気持ちが切り替わって、
その気になったということです。

それから、大好きな人気野球アニメ「メジャー」の主人公・茂野吾郎が、
小学生の時に利き腕の右肩を痛め、
中学生から左投げにし、大活躍するストーリーに、自分を重ね合わせたようで、
実際に左で投げてみたら、2日目には思ったより
スムーズに投げれた事が得意になっているようでした。

さらに、教えてもらったのが、近くの少年野球のチームで、
片手を負傷した選手がいるというのです。
捕球した際は、捕球後に脇にグラブを挟み、
ボールを持ち替えて丈夫な方の手で投げるというのです。
数年前、アメリカのメジャーリーグで活躍したジム・アボット投手を思い出しました。

さらにさらに、プロ野球ソフトバンクホークスの松中選手も、
元々は、右利きで右投げだったのが、
小学生の頃に右肩の病気で右で投げれなくなり、
左投げにしたとも聞きました。
それらの事もあってか、左投げに対して、
私が考える程の抵抗はなかったのでしょうか?

そして、私は上述しました「中村久子女史の生涯」の話をしてあげますと、
長男は黙って聞いた後、やればできる!!と、締まった顔つきに!
「投球禁止令」を発令された時のあのしょげた顔はどこへやら!
見ている私まで、心が晴々としてきました。

私は、強く生きていく姿勢を先人と息子から教わり、
ありがたく感謝の気持ちでいっぱいになりました。
そして改めて、いつでもどんなときでも
前向きな気持ちを忘れずに立ち向かっていきたい、と思いました。

春の訪れがもうすぐとはいえ、まだまだ寒い毎日が続いております。
体調など崩されませんよう「うがい、手洗い、十黒梅(じゅっこくばい)」
健康管理には、十分にお気をつけて、お過ごし下さいませ。

それでは、失礼します。

細川 泰伸